『鎌倉殿の13人』16話「一の谷の戦い」のあらすじをネタバレ!みどころとファンの評判とは?

鎌倉殿の13人16話アイキャッチ画像

2022年NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の第15話では、義時と八重に子どもが誕生したところで終わりました。

『鎌倉殿の13人』16話は、頼朝が義時の子供に命名するところから始まります。

今回は、『鎌倉殿の13人』16話「一の谷の戦い」のあらすじをネタバレ!みどころとファンの評判とは?と題してお届けしますので是非最後までご覧くださいね。

れい
れい

こちらの記事で以下のことが分かります。

・16話のあらすじをネタバレ
・見どころと感想

目次

『鎌倉殿の13人』16話のあらすじをネタバレ!

前回の『鎌倉殿の13人』15話「頼朝の恐ろしさ」のあらすじをネタバレ!みどころとファンの評判とは?

 

『鎌倉殿の13人』16話のストーリー展開は次の通りです。

16話のストーリー展開
  1. 北条時政の復帰
  2. 頼朝追討の院宣
  3. 義仲の非業の死
  4. 一の谷の戦い

 

れい
れい

こちらの記事は、『鎌倉殿の13人』公式ガイドブックを元にまとめています。

鎌倉殿の13人 前編 (NHK大河ドラマガイド) [ 三谷 幸喜 ]

撮影秘話も掲載され、たのしいガイドブックです。

スポンサーリンク


16話のあらすじ①北条時政の復帰

頼朝は、義時の子供に「金剛」と命名します。

「金剛とは仏法の守り神。源氏を支えるべく生まれたものにふさわしい名じゃ」と。

そして、頼朝から気持ちが離れた御家人たちを再びまとめる為に北条時政を呼び戻しました。

「この先御家人たちを束ねられるのは舅殿しかおらんのだ」と言われ、時政は謹んで引き受けますが、義時にだけこっそりと、いつ誰が敵になるか分からないと釘を刺します。

「北条が生き抜いていく手はただ一つ。これまで以上に源氏に取り入り、付き合う」と。

16話のあらすじ②頼朝追討の院宣

寿永2(1183)年12月。

後白河法皇が頼朝追討の院宣を出しました。

頼朝は、後白河法皇の背後に義仲がいると考え、義仲を討つことに。

翌年寿永3(1184)年。

頼朝を総大将とした本陣は、義経がいる墨俣で合流します。

軍議で義経が義時や景時に戦略を述べ、義経の郎党の武蔵坊弁慶が「ともに平家を討とう」という文を届けに来ます。

義経は義仲の使者を斬り宣戦布告、さらに義経の軍勢は少ないという噂を流し油断させる作戦を。

義仲はその策略にはまり宇治川に進軍し義経軍と対峙。
その軍勢の多さに驚き、京を捨てる決意をします。

愛妾で同志の巴御前に「北陸へ戻り、再起を図る」と言い残し、後白河法皇の御所に出向きますが目途落ちはかなわず、

義仲は大声で

「法皇様の御悲願成就、平家が滅び三種の神器が戻られることを心よりお祈り奉る次第」と述べ京を去りました。

スポンサーリンク



16話のあらすじ➂義仲の非業の死

鎌倉殿の13人 16話 源義仲役青木崇高

源義仲

画像引用:公式Instagram

義仲が去ったのち、義経の軍勢は京に入ります。

義時は戦乱に有れた町に心が痛みます。

義経は土肥実平とともに後白河法皇拝謁を許され、「九朗義経、これより義仲の首を落としその足で西へ向かい平家を滅ぼします」と誓い、後白河法皇は義経に好感を持ちました。

一方、義仲は近江に向かいますが、範頼の軍勢が待ち構えていました。

鎌倉殿の13人 16話 巴御前役の秋元才加

巴御前

画像引用:公式Instagram

義仲は愛妾の巴御前に、長男、義高への文を託し落ち延びさせます。

その後、義仲は額を打ち抜かれ討ち死にします。

吾妻鏡にも記録が残っています。

スポンサーリンク


16話のあらすじ④一の谷の戦い

鎌倉殿の13人 16話 北条義時(小栗旬)と梶原景時(中村獅童)

北条義時と梶原景時

画像引用:公式Instagram

前年7月に京を追われた平家は、福原に軍勢を集め陣を構えました。

そこは、四方を海と山に囲まれた陣地には最適の場所、敵方には攻めにくい地形を義経は福原の北の三草山から攻める戦略を立てます。

義経は、敵に暇を与えない為に、通常なら二日かかる工程を一日で移動すると言い、御家人たちがざわめきます。

義時が軍奉行の梶原景時に尋ねると

「時を急ぐのも、攻め込む場所はその時に決めるのもすべて理にかなっております」と義経の作戦を妙案と答えます。

義時と義常は、ふたりになるとさらに別の作戦を打ち明けます。

それは、「源氏との戦をさけるように法皇様からのお指図いただく」と偽りの和議を結ぶというものでした。

気が緩んだ平家に攻め込む、という勝つためには手段を選ばない義経の策略です。

後白河法皇は、面白がって義経の依頼を受けます。

義経軍は福原へ進み、断崖絶壁の鵯越(ひよどりごえ)に出て、さらに険しい鉢伏山に崖から一の谷まで駆け降りるという危険な策を打ち出します。

義経が少ない手勢で鉢伏山へ向かうと、義時が頼みとする畠山重忠も勇気をふりしぼってついて行きます。

平家では、平宗盛が一の谷に本陣を敷き幼い安徳天皇を守っています。

すると、突然背後から、馬蹄の音と雄たけびが響き、義経の軍勢が現れたのでした。

寿永(1184)年2月7日。

源平合戦最大と言われる一の谷の戦いが始まりました。

獅子奮迅の戦いをする義経を「八幡大菩薩の化身じゃ」と景時がつぶやきます。

17話に続く…

18話を読む  15話を読む

 

『鎌倉殿の13人』16話のみどころと感想

16話のみどころ
  1. 義経の獅子奮迅のたたかいぶり
  2. 義仲の非業の死

 

戦場で華々しく活躍した源義経。
奇襲。背後から一気に攻める奇襲戦のスタイルをとったことで今までの戦略を大きく変えたといわれています。

断崖絶壁の鵯越は有名な話ですね。

史実ではどうなのでしょうか?

吾妻鏡』では、
この戦いについて「源九郎(義経)は勇士七十余騎を率いて、一ノ谷の後山(鵯越と号す)に到着」「九郎が三浦十郎義連(佐原義連)ら勇士を率いて、鵯越(この山は猪、鹿、兎、狐の外は通れぬ険阻である)において攻防の間に、(平氏は)商量を失い敗走、或いは一ノ谷の舘を馬で出ようと策し、或いは船で四国の地へ向かおうとした」とあり、義経が70騎を率い、険阻な一の谷の背後(鵯越)から攻撃を仕掛けたことが分る。これが逆落しを意味すると解釈されている。

引用元:Wikipedia

とあります。

この一ノ谷の合戦の一年後に平家は滅亡します。

そして非業の死を遂げた義仲。

最後まで、源氏通しの戦いを否定していた義仲が非業の死を遂げます。
愛妾、巴御前の悲しみはいかばかりか…。

義仲は大変情に厚い武将だったそうです。
それは、息子義高に宛てた文にも人柄が現れています。

次週に文面は披露されます。

どうぞ、第17話もご期待ください。

スポンサーリンク


SNSの感想

 

 

 

 

『鎌倉殿の13人』放送日

NHK総合『鎌倉殿の13人』リアルタイム放送
毎週日曜日午後8時~午後8時45分

NHKBSプレミアム4K『鎌倉殿の13人』リアルタイム放送
毎週日曜日午後6時~午後6時45分

NHK総合『鎌倉殿の13人』再放送時間
毎週土曜日午後1時05分~午後1時50分

『鎌倉殿の13人』を見逃した方はこちらから
【鎌倉殿の13人】を見るならU-NEXTで!/

公式U-NEXTはこちらから!

 

さいごに

まとめます。

16話の主な出来事
  • 義時と八重の間に子供が生まれる
  • 寿永2(1183)年12月 後白河法皇が「頼朝追討」の院宣を出す
  • 寿永3(1184)年 義仲敗戦、近江近くで討ち死に
  • 寿永3(1184)年7月 平家が福原に陣を構える
  • 義経が後白河法皇に平家に偽りの和議を指図するよう依頼する
  • 寿永3(1184)年2月7日 源平合戦最大の「一の谷の戦い」で義経が獅子奮迅の戦いをする

 

以下に『鎌倉殿の13人』の関連記事をご紹介しておりますので是非併せてご覧ください。

 

『鎌倉殿の13人』の撮影場所となったロケ地情報
・『鎌倉殿の13人』65人の登場人物のキャスト相関図
・『第1回』からのあらすじネタバレ記事

『鎌倉殿の13人』伊豆の国市・鎌倉市ほかロケ地10ヵ所を35枚の写真と地図でまとめてみた!

「更新あり」『鎌倉殿の13人』の登場人物65人のキャスト相関図と13人の覚え方

各回のあらすじはこちら

公式タイトル放送日
第1回「大いなる小競り合い」1月9日
第2回「佐殿の腹」1月16日
第3回「挙兵は慎重に」1月23日
第4回「矢のゆくえ」1月30日
第5回「兄との約束」2月6日
第6回「悪い知らせ]2月13日
第7回「敵か、あるいは」2月20日
第8回「いざ、鎌倉」2月27日
第9回「決戦前夜」3月6日
第10回「根拠なき自信」3月13日
第11回「許されざる嘘」3月20日
第12回「亀の前事件」3月27日
第13回「幼なじみの絆」4月6日
第14回「都の義仲」4月10日
第15回「足固めの儀式」4月17日
第16回「伝説の幕開け」4月24日
第17回「助命と宿命」5月1日
第18回タイトル未発表5月8日
第19回タイトル未発表5月15日
第20回タイトル未発表5月22日
れい
れい

最後までお読みくださり、ありがとうございます。

スポンサーリンク



よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次