2028年大河ドラマ主人公・ジョン万次郎とは?子孫の現在も調査

2028年大河ドラマ主人公・ジョン万次郎とは?子孫の現在も調査

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2028年の大河ドラマの題材がジョン万次郎に決定!タイトルは「ジョン万」、なんだか大河ドラマというよりも朝ドラのタイトルのようにも思えますが、2028年はジョン万次郎の軌跡を辿る一年間になりますよ!

今回はジョン万次郎とはどのような人物なのか、また子孫の現在について調査しました!

目次

2028年の大河ドラマはジョン万次郎!

小栗忠順 大河ドラマが2027年、「逆賊の幕臣」として制作、放送されますが、その次の作品として2028年に放送されるのが「ジョン万」です。ジョン万次郎さんは江戸時代末期から明治時代にかけて活躍した歴史上の偉人であり、本作の舞台もその時代ということになりますね。またアメリカ合衆国を訪れた最初の日本人の一人ということから、作中では海外の様子も描かれることになりますよ。

ジョン万次郎を演じるのは山﨑賢人

主演、ジョン万次郎を演じるのは山﨑賢人さんです。「キングダム 大将軍の帰還」で第48回日本アカデミー賞優秀主演男優賞受賞、これまで数々の名作に出演してきた人気俳優ですね。ViVi国宝級イケメンランキングの初代1位、初代殿堂入りも果たしており、山崎賢人 歴代彼女なども気になってしまいますね!

ジョン万次郎とは?

では、ここからはジョン万次郎とはどのような人物なのかについて紹介していきますよ。

漁師として働くことに

ジョン万次郎さんは1827年1月27日に土佐国幡多郡中ノ浜村で生まれました。家は半農半漁で貧しく、父は9歳の時に亡くなり、更に母や兄も病弱だったため、幼いころから働いて家族を養い、寺子屋にも通えないので読み書きもほとんどできませんでした。

10歳の頃に中浜浦老役の今津太平の家に下働きに出るも、重労働から脱走。漁師になることを強く求めたジョン万次郎さんは、母の計らいで宇佐の筆之丞の元で漁師として働くことになりましたよ。

数奇な運命でアメリカへ

14歳の時に、ジョン万次郎さんが炊係として乗り込んでいた船が強風に吹き流され難破、伊豆諸島の無人島の一つである鳥島に漂着します。5日間とも10日間とも言われる漂流期間、更に溜め水や海藻、海鳥を得て、143日、仲間5人でなんとか生き延びたジョン万次郎さん。アメリカの捕鯨船が食料調達に島に立ち寄ったことで、救助されました。

しかし当時日本は鎖国中、ジョン万次郎さん達は日本に帰る術を持ちません。結果的に、帰国する捕鯨船にそのまま乗ってアメリカへと渡ることになります。

ジョン・マンと呼ばれるように

共に生き延びた4人の仲間たちは、ハワイのホノルルで下船。一方でジョン万次郎さんはその頭の良さを船長に気に入られ、更に本人も希望したこともあって捕鯨船員として船に乗り続けました。船名、ジョン・ハウランド号にちなんで、ジョン・マンと呼ばれ親しまれたジョン万次郎さんは、捕鯨航海を終えた後に、船長、ホイットフィールドさんの養子のような扱いとなり、一緒に生活することとなります。

アメリカでの生活

小学生に混じって英語を学んだジョン万次郎さんは、1844年にバトレット・アカデミーで英語、数学、測量、航海術、造船技術などを学び、寝る間も惜しんで熱心に勉強した結果見事首席に!アメリカでは民主主義、男女平等など、当時の日本人のジョン万次郎さんにとっては新鮮な概念に多く触れることが出来ましたが、人種差別も少なからず受けていたようです。

学校卒業後、ジョン万次郎さんは桶屋で働いた後、ジョンハラウンド号の船員だったアイラ・デービスさんが船長の捕鯨船、フランクリン号にスチュワードとして乗船しましたよ。

帰国を果たす

1849年に戻ったジョン万次郎さんは金鉱で金を採掘して資金を得て、紆余曲折を経て日本へ向けて出港しました。鎖国中だった日本へ帰国したジョン万次郎さんは、薩摩、長崎、土佐などで取り調べや尋問を受けましたが、漂流から11年経った1852年にようやく故郷に帰って母と再会できましたよ。

帰国から帰郷までの間に、地元住民と交流したり、海外で得た情報を乞われたりした一方で、長崎では持ち帰った文物を没収されるということもありました。

アメリカの知識を求められて幕府に招聘される

帰郷後、ジョン万次郎さんは土佐藩の士分に取り立てられて、藩校「教授館」の教授に任命され、1953年には黒船来航への対応を迫られた幕府からアメリカの知識を求められ、招聘されます。旗本の身分を与えられ、生まれ故郷の地名から中濱の苗字を授けられたジョン万次郎さんは、その後長崎で没収された文物も返還してもらえましたよ。

1854年に幕府剣道指南の団野源之助さんの娘、鉄さんと結婚し、1856年には軍艦教授書教授に任命されました。

スパイ疑惑も?

当時のジョン万次郎さんはアメリカ人と交友する姿をいぶかしがられることもあったらしく、またアメリカへの帰還やスパイ疑惑、仕事を失うことを恐れたオランダ語を介して通訳を行っていた人たちの反対などで、藩校「教授館」の職を離れたり、ペリーさんの通訳の役目から外れるということもありました。

遣米使節団の一員に

1860年、日米修好通商条約の批准書を交換するための遣米使節団の一人としてアメリカに渡りました。船の船長は勝海舟さん、また福沢諭吉さんも同行していましたよ。その後小笠原諸島などの開拓調査、国内からの捕鯨出船、その際の外国人の逮捕などを行っています。ジョン万次郎さんはホーツン事件で外国人を逮捕した初めての日本人となっています。明治維新が行われた後の1869年には、明治政府から開成学校の英語教授に任命されました。

普仏戦争視察団として欧州へ

1870年に普仏戦争視察団として欧州に派遣、その際にアメリカを経由、恩人のホイットフィールドさんとの再会も果たしました。病を得て帰国し、帰国後に脳溢血を起こすも、回復。以降は教育者としての道を選び、1898年に71歳でこの世を去りました。

ジョン万次郎の子孫の現在は?

ジョン万次郎さんの子孫の中で、現在の活動が知られているのは、中濱京さんです。ジョン万次郎さんの直系5代目子孫にあたる中濱京さんは、ジョン万次郎さんの業績を伝える活動を行っています。中濱家と、ホイットフィールドさんの一家の交流は、ジョン万次郎さんが亡くなった後も、近年に至るまでずっと続いているそうですよ!

1992年、財団法人ジョン万次郎ホイットフィールド記念国際草の根センターが設立され、日本とアメリカの相互理解や友好関係を目指した活動が開始。将来はジョン万次郎さんのミュージアムの設立を目標とされているそうですよ!大河ドラマの放送が、この目標の追い風となるかもしれませんね!

出典:FNNプライムオンライン

最後に

今回はジョン万次郎とはどんな人物なのか、子孫の現在について紹介しました。ジョン万次郎さんはアメリカを訪れた最初の日本人の一人なのですね。漂流したことがきっかけで幕府、政府にその力を乞われるようになるというのも凄い話です。ジョン万次郎さんの大河ドラマは2028年の放送!今から楽しみで、待ち切れないくらいですね!

この記事を書いた人

はじめまして、れいと申します。
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