引田天功の弟子であり、世界的なイリュージョニストとして知られるプリンセス天功さんをご存知の方も多いと思います。プリンセス天功さんは初代・引田天功さんの意思と芸を受け継ぐ2代目として華々しくデビューし、日本のみならず海外でも数々の大規模イリュージョンを成功させてきました。
黒髪にきらびやかな衣装、スケールの大きな脱出マジックは今も多くの人の記憶に残っているでしょう。そんなプリンセス天功さんの死因はマジックなのかという噂の真相や、気になる年収事情、そして初代・引田天功さんのこれまでの活躍についても振り返りながら詳しく紹介します。
プリンセス天功の死因はマジック?
2代目であるプリンセス天功さんは現在も健在であり、亡くなったという事実はありません。インターネット上などでプリンセス天功さんの死因はマジックなのではないかといった噂が見られることがあります。しかし、そのような事実は確認されていません。
2007年の公演中にイリュージョン機材の不具合が起こり、全身打撲の怪我を負う事故がありました。しかし、幸い大事には至らず、その後も精力的に活動を続けています。こうした噂が広まった背景には、1979年に初代・引田天功が心筋梗塞で急逝した出来事が影響しているようです。両者のエピソードが混同し、マジックが死因という話に発展してしまったのかもしれません。
死を意識した失敗イリュージョンとは?
プリンセス天功さんがこれまでで一番痛かったと振り返るのが、死を意識するほど危険だったという失敗イリュージョンです。等身大のボックスに入り、外側から刃渡り約1メートルの刃物が24本突き刺さる中、わずか3秒で脱出するというスリリングな内容でした。
しかしある公演で、正面の扉が閉まった直後に刃が想定外の動きをし、トラブルが発生したのです。結果として体に計16本の刃が刺さる事態となり、異変に気づいた観客の知らせで演目は急きょ中止されました。すぐに病院へ搬送され一命は取り留めましたが、本人はボックスに入って以降の記憶がほとんどないと語っています。
引田天功の死因もマジックって本当?
引田天功さんの死因についても、かつて「マジックの失敗が原因ではないか」といった噂が流れたこともありました。しかし実際には、心筋梗塞による心臓発作が原因であり、脱出マジックや舞台装置による事故が直接の死因ではありません。
引田天功さんは、命がけの脱出マジックで広く知られていたため、「爆発の煙を吸い込んだ」「演目に失敗した」といった誤解が生まれてしまったようです。
プリンセス天功の年収は?
プリンセス天功さんの年収は、海外公演での契約条件が「時給5000万円」ともいわれることから、非常に高額だと話題になっています。年間およそ300ステージのうち約200公演が海外で行われており、単純計算では年収100億円を超えるとも報じられているのです。
しかし、この金額には大規模な演出費や舞台セット、スタッフの人件費などを自己負担するケースも含まれるのだとか。そのため、実際の手取り額とは異なる可能性もあります。
また、全国6か所に総額100億円以上の「埋蔵金」を埋めていると公表したことでも注目を集めました。こうした破格の数字は、長年にわたり世界で評価され続けてきた実績の表れといえるでしょう。
プリンセス天功の後継者は誰?
プリンセス天功さんは、先代から襲名して40年以上が経った今も第一線で活躍を続けています。そんなプリンセス天功 現在は、3代目となる後継者をAI化するという新たな挑戦に取り組んでいるそうです。自身のイリュージョンを細部までキャプチャーしたAIが、ネット上の仮想都市にあるシアターで公演を行うという壮大なプロジェクトがすでに始動しています。
さらに将来的には、多くの後継者を生み出したいという夢も語っているのです。本人いわく、双子や三つ子に間違えられることもあるほど神秘的な存在感を持つだけに、「面白い形で後継者を残したい」と考えているのだとか。AIプリンセス天功の誕生は、新時代のイリュージョンの幕開けとなりそうですね。
引田天功(初代)の活躍の振り返り
ここからは、引田天功さん(初代)が築き上げた輝かしい功績をあらためて振り返ってみましょう。命がけの脱出マジックでお茶の間を熱狂させた数々の名場面は、忘れられない方も多いのではないでしょうか。
なぜ彼がこれほどまでに人々を魅了し、伝説的存在となったのでしょうか。その歩みと功績を調査しました。
脱出王としての地位
引田天功さんは、1970年代に「日本の脱出王」の異名で一世を風靡しました。テレビ番組では、タワーからの爆破脱出や氷の檻からの脱出、水槽に閉じ込められた状態からの決死のパフォーマンスなど、命がけの演目に次々と挑戦したのです。
成功するかどうか分からない極限状況の中で、土壇場から生還する姿は大きな衝撃を与えました。そのスリリングな演出はお茶の間を熱狂させ、日本における脱出マジックの代名詞的存在として語り継がれています。
木曜スペシャル
— TA-KA (@hakaima_taka) May 2, 2024
『引田天功地獄の大流水・死の水道管大脱出』
(1973年10月11日放送)※未ソフト化
【冒頭・OP部分】
実行地:静岡県・日本ランド (現・ぐりんぱ)
手錠をはめられ地中に埋められた初代・引田天功が、長さ21mの水道管(時限爆弾付き)を伝って地上への大脱出に挑戦する。 pic.twitter.com/R3n8PMPSYt
イリュージョンの第一人者
松旭斎天洋さんの弟子として修業を積んだ引田天功さんは、日本に本格的なイリュージョンショーのスタイルを根付かせた第一人者でもあります。海外の大規模マジックに匹敵する演出や装置を取り入れ、ストーリー性のある舞台構成を確立しました。
単なる手品の枠を超えた総合エンターテインメントへと発展させた引田天功さん。その革新的な試みはマジシャン達にも大きな影響を与え、日本のマジック界の水準を押し上げる原動力となりました。
テレビでは毎回高視聴率を記録!
引田天功さんが出演する「引田天功大脱出」などの特別番組が放送されるたび、高視聴率を記録していたのです。大規模なセットと緊張感あふれる演出は視聴者の期待を集めていました。
成功か失敗かという極限の瞬間をリアルタイムで見守る体験は、多くの人々の記憶に刻まれています。この番組を通じて、引田天功さんの人気と実力は不動のものとなりました。そんな引田天功さんのイリュージョンは、自身が尊敬する同じく脱出王であるハリー・フーディーニさんの脱出劇にヒントを得たものだったようです。
突然の逝去
1979年12月31日、引田天功さんは45歳という若さで心臓疾患により急逝しました。あまりにも突然の訃報は多くのファンに衝撃を与え、年末の日本列島を深い悲しみに包みました。
命がけの脱出マジックで知られていたことからさまざまな憶測も広まりましたが、その死は病によるものでした。短い生涯ながら強烈なインパクトを残し、今なお伝説の脱出王として語り継がれています。
まとめ
この記事ではプリンセス天功の死因や年収、そして引田天功さん(初代)の活躍について紹介しました。
プリンセス天功さんの死因がマジックの失敗によるものと噂されていましたが、プリンセス天功さんは現在もご存命で活躍されています。様々な情報が錯綜し、プリンセス天功さんの死因がマジックと噂されてしまったようですね。
初代・引田天功さんの死後も、弟子として活動するプリンセス天功さん。そんな彼女の年収は桁違いで驚かれた方も多いのではないでしょうか。今後も国内外で活躍し続けるプリンセス天功さんの活躍に期待したいですね!










